Nishida Koji ブログアーカイブ

No.101 「人として最も大切なこと」

hitorigoto

高校2年生の春、大好きだった伯母さんが他界した。
元気を絵に描いたような伯母さんが突然体調不良を訴え入院した。亡くなる数ヶ月前のことだった。
急性白血病との診断が下された。

伯母さんの名前は、和子。母の姉に当たる人だ。
母は6人兄弟の下から2番目、和子おばさんは上から2番目だ。
幼少期から、和子おばさんが母の面倒を見る役割だったとのこと。
それもあって和子おばさんと母はとても仲が良かった。
和子おばさんは、我々家族にとってなくてはならない人だった。
私は、和子おばさんが誰よりも好きだった。

和子おばさんの早すぎる死に、当時高校2年生の私は、これまでに感じたことのない深い悲しみに包まれた。
涙が涸れるほど泣いた。
しかし、自分よりも深い悲しみに包まれている人が周りにいることを、感じずにはいられなかった。

いつもひょうきんで明るい母から、笑顔が消えた。母から発せられるエネルギーが止まった感覚を覚えた。
母がどれだけのエネルギーを家族に発していたのか、どれほどの愛情を私に注いでいたのか、
母のエネルギーが止まることによって、はっきりと気づかされた。
母の計り知れない悲しみを悟った。

その母よりも深い深い悲しみに包まれている人がいた。
和子おばさんと母にとっての母。スヱお祖母さんである。
お別れの朝、和子おばさんを抱きしめ、
「親より先に逝く馬鹿たれがどこにおっとか!」「自分が代わりたか!」と、
人目もはばからず号泣するスヱお祖母さんの姿があった。
祖母の悲しみは私の想像を絶した。

和子おばさんの死によって感じた私の悲しみは、とてつもなく大きなものだった。
しかし、それ以上の悲しみを兄弟は感じ、そして、その比にならないくらいの悲しみを親は感じるのだと、
そのとき身をもって知った。

年間3万人を超える自殺大国日本。私は、これからも訴え続ける。

「絶対に順番を間違えてはいけない。」

人として、最も大切なことだから。

2008年1月
#101 人として最も大切なこと