Nishida Koji ブログアーカイブ

No.91 「消え去る謝恩会」

hitorigoto

今年も卒業式の季節が巡ってきた。多くの学び子(ひとりごとNo.20ご参照)たちが巣立った。

千葉大学の教員となって2年目のこの時期、学内で行われた「謝恩会」に出席した。私は卒業生たちの晴れ姿に接する喜びと共に、驚きを隠しきれなかった。
その会は、「謝恩会」とは程遠いものだった。己の卒業に酔いしれるものたちの宴席場だった。

恩に感謝するという目的で催される会、それが謝恩会である。
私は、学内関係者に、「謝恩会」改め「祝賀会」に名称を変更すべきだと提案した。この愚案は、卒業生からの抵抗もなく、すんなりと受け入れられた。

自子中心文化主義(ひとりごとNo.90ご参照)の親に育てられた子供は、間違いなく「自己中」に育つ。少子化時代にあって、物質的に不自由なく育ってきた現代の若者たちは、人様から受ける様々な行為を、恩として捉えられなくなった。大人から与えられるものは、当然のこととして受け止め、感謝の気持ちも抱かなくなった。
大人たちの歪んだ愛情や教育の中で、彼らの心は荒んでしまった。

「謝恩会」は、このまま日本の社会から、消え去るのだろうか。
感謝の気持ちを忘れたら、恩を心に刻まなくなったら、人は人でなくなるというのに。

謝恩会の消滅は、現代日本社会の病の象徴である気がしてならない。

2007年3月
#091 消え去る謝恩会