Nishida Koji ブログアーカイブ

No.90 「自子文化中心主義」

hitorigoto

人間は、自分の育ってきた文化や習慣を中心にして物事を捉えてしまうのですよ、という戒めを説く「自己文化中心主義」。
その言葉を弄って、「自『子』文化中心主義」という言葉が産まれた。自分の子供を中心にすべてを考えてしまう親。自分の子供さえ良ければそれで良いという考えに至ってしまう親。急増するこんな親たちに対する戒めの言葉だ。

今、教育現場からは、「自子文化中心主義」に陥った親たちに対する、悲鳴の声が後を絶たない。
教師たちの目は、主役の子供たちよりその親たちに向けられている、といっても過言ではない。日常的に行われる親からの身勝手で理不尽な要求は、止まるところを知らず、無法破りと化している。
また、先生に給食費を払っているのではないから、給食の時間に「いただきます」というのはおかしいとか、昨今問題となっている給食費の未払いなど、大人としての模範言動は、もはや全くと言ってよいほど期待できない現実に陥っている。

無論学校や教師側の問題も多々存在する。そして、その問題点を浮彫にし膿を出し切って、学校改革や教師育成に取り組む方向で国全体も動き出した。
しかし、自子文化中心主義に陥った親たちへの対処がなおざりにされたまま、一方通行で改革の議論が行われているように感じてならない。

子供の教育は、学校よりも何よりも、まずは親が行うものである。
つまり、その親が模範とならない状況下にある今、親の教育こそが議論されなければならない。

現在の親たちを教育した親の世代である「団塊の世代」。
何かと注目を受け続けてきた皆さん方へ強くお願いしたい。退職後のご自身の余暇を話し合う前に、ご自身の子供がどう親としてあるべきかに向かい合い、そして、我が子への再教育をお願いしたい。

それが親としての当然の役目ではあるまいか。

2007年2月
#090 自子文化中心主義