Nishida Koji ブログアーカイブ

No.71 「身勝手な想い」

hitorigoto

丁度1年ほど前の出来事。

日頃お世話になっている居酒屋店主・青柳紀則氏(ひとりごとNo.22&63ご参照)の還暦のお祝いを、お店の常連さん方と行った。私は記念のお祝品として、是非お贈りしたいものがあった。常連さん方にその旨提案したところ、皆さん喜んで賛同してくださった。

青柳マスターは、数年ほど前から右耳の聞こえが悪くなられていた。会話に支障はないものの、「最近聞こえ辛くてね~」とおっしゃる機会が増えていた。そのお姿に接する度に、補聴器を買って差し上げたいという想いが益していった。
そんな折、想いが実現することとなった。

インターネットやパンフレットなどで、補聴器について色々と調べてみた。みな利点ばかりが並べられていた。私はそれらに疑問を感じることなく、補聴器さえつければマスターの聴力は昔のように戻るとばかり信じ込んでいた。

数週間後、注文した補聴器がマスターに届けられた。補聴器をなさっているお姿に気がついたものの、お聞きするのも失礼かと思い、知らぬ振りをしていた。私は、マスターの聴力がすっかり昔のように戻ったものと安心し、半ば自己満足に浸っていた。

数ヶ月たった頃だろうか、マスターが耳鼻科に行かれたとの情報が入った。私はすぐにマスターに詰め寄り、事の真相を伺った。マスターは、「何てことない」と仰りながらも、私の強引な問いに、固い口を開かれた。

「実はね、補聴器がなかなか耳に馴染まなくてね。早く慣れようとずっと付けていたら、それが災いして、中耳炎になってしまってね。いや~、何ともお恥ずかしい限りですよ。」

己の浅はかさに、心が締め付けられる思いがした。

「器具をつければすぐ元通り」なんてあろうはずがない。
どんなに優れた品でも、相手は生身の人間なのだ。不都合が生じることが至極当たり前のことなど、少し考えれば誰にでも分かることだ。
マスターの人に対する思いやり、ご配慮、一途なお人柄を、私は、いやというほど存じ上げている。きっと苦痛を我慢して、何事もないかのように装着されていたに違いない。

そのことを全く気にもかけなかった自分。広告の利点に踊らされ信じ込み、マスターを思いやる配慮のかけらもなかった己に、ほとほと嫌気がさした。

良かれと思ってする一方的な行為は、時には相手を苦しめることもある。
想いは、最後まで届いたかどうか、そのケアを忘れてはならない。
慎重にならなければ。
そう、心に刻んだ。

2005年7月
#071 身勝手な想い