Nishida Koji ブログアーカイブ

No.23 「書き込みの効用」

hitorigoto

昨年度から、毎回の授業の感想を、西田研究室ホームページの「担当授業欄掲示板」に書き込みをさせる試みを行っている。
昨年度は、パイロット的にやってみたが、今年の4月から「外国語演習AI」において、本格的に導入した。
全受講生は、毎週の授業に対する感想や意見を自由に書き込む。もちろん、記入者名を明らかにせず、匿名でも構わない。
受講生達には、「授業に反映していきたいので」ということでお願いをしているが、私の意図するところは、実は他にある。

この授業における最大の目的は、「人と人が仲良くなる」ということを「実感」するということだ。彼らは、将来様々な人間と出会い、協力しながらそれぞれの道を歩んでいくことになる。
人は絶対に一人では生きていけない。この授業で、「仲良し」になるプロセスを「意識」させたい。コミュニケーションとは何かということを「意識」しながら「実感」させたいのである。

冒頭、「自己開示」をテーマに掲げた。「自分という人間を知ってもらおう。」ということである。そのため、毎回3分間のスピーチを課している。
「自分らしく」を忘れずに、それぞれが工夫を凝らして、楽しみながら行っている。各々のペースで、自己開示も着実に進んできた。

毎回様々なことに取り組ませる。すべて相手がいなければ、仲間がいなければ成り立たないことばかりだ。
「なんだこりゃ!」と最初は面食らったかもしれない。また、私が毎度、人生について熱く語ってしまい、授業時間があっという間になくなってしまう。昼休みまで時間をいただいているというのに。。。
これも私の「自己開示」。お許しあれ。
結果として、皆、着実に「仲良く」なっている。今はまだ「無意識」かもしれないが。

さてさて、話を「書き込み」に戻そう。前期期間中、大きな変化が二つあった。
一つは、記入者名である。最初から、本名で記入した学生は、ほんの数名だった。ほとんどが、「男子A」や「☆」や匿名等であった。それが徐々に、自分を明らかにする書き方に変わっていった。
もちろん誰も強制はしていない。いつの間にか、誰の書き込みであるかが、全員わかるようになっていた。
もう一つの変化は、掲示板における「自己開示」が始まったことである。こんなことがあった。こんなことをしている。こんな悩みがある。こんなことやるから来て。Etc…

先日、一女子学生が不運にも事故に遭ってしまい、入院を余儀なくされた。心配や元気付けるコメントで一杯になった。

当初授業の感想だけに終始していた書き込みが、いつの間にか、授業を超えたコミュニケーションの場と化した。前期授業最後の書き込みでは、しばらくこの授業で会えなくなる寂しさのコメントが多数を占めた。
「夏休み中も書き込みして、連絡を取り合おう」誰かが言い始めた。皆賛同した。

掲示板への書き込みの効用は、私の想像を越え始めた。

毎回たくさんの課題を出すが、皆よくついて来てくれている。心から感謝したい。
夏季休暇もたくさん宿題を出した。
宿題がどう後期に反映されてくるか・・・

自然と書き込みにも変化が生じるだろう。

2001年7月
#023 「書き込み」の効用