Nishida Koji ブログアーカイブ

No.15 「風邪の季節」

hitorigoto

今年も学生たちの風邪が目立つ季節になった。この時期になると恒例のように思い出すことがある。

亜細亜大学勤務時、特に親しくさせていただいた方の中に、保健室看護師の江崎美恵子さんという方がいらっしゃる。いつも元気で笑顔を絶やさない女性で、学生からの人気も高かった。

初冬のある日、トイレにある張り紙がしてあった。
「風邪の季節になりました。手洗いとうがいをしましょう」
私は用を足しながら「そうだ、そうだ、こまめにうがいしよう」なんて思いながら、いつもよりきちんと手を洗い、うがいをした。そして、このアイデアは江崎さんによるものだと確信し、保健室へ向かった。

「江崎さん、あのトイレの張り紙、あれ江崎さんのアイデアでしょう。いいアイデアですね。みんなあれで気をつけますよ」
しかし、江崎さんからいつもの笑顔が戻ってこない。
あれ?なんて思っていると、
「実はね西田さん、今ある教員がいらっしゃってね。『ここは幼稚園じゃないんだから、あんな張り紙はするな。すぐ剥がしなさい』って、怒られちゃったのよ。」と、しょんぼりなさっている。
「そんなことないですよ。あの張り紙を見て、気をつけようと思う人間はたくさんいますよ。僕、応援しますから、剥がしちゃだめですよ。」

案の定、その後「いちゃもん」をつける人はだれもおらず、その張り紙は、初春までずっと貼ってあった。この張り紙の成果がいかほどだったかは定かではないが、「気をつけよう」と思った人は間違いなくたくさんいたに違いない。

頭では理解していても、行動に移せないこと、つい忘れてしまうことはたくさんある。暴飲暴食や不規則な生活が身体にとって良くない(自分で自分の首を絞めてるが。。。)という日常的なことから、人に優しくしよう、気持ちの良い挨拶をしようといった道徳的なことまで、人はよく忘れてしまう。
私が「人間は基本的に馬鹿だ」と、思う所以だ。

そんな時、思い出させてくれる「きっかけ」が必要となってくる。たった一枚の張り紙が「きっかけ」になることだって大いにありえる。
かつて先人たちが、人生に色々な節目をつけたように、暦に様々な催しがあるように、人間は昔から、その「きっかけ」の大切さを身に沁みていたに違いない。

「自分の健康も維持できないなんて、自己管理ができていない証拠だ」
社会人になると良く聞こえてくる台詞である。
この季節、風邪を未然に防ぎたいものだ。

「風邪の季節になりました。手洗いとうがいをしましょう。」

2000年11月
#015 風邪の季節